Step1 数列の極限

はじめに

「このWEBサイトは人気がある」という文と「このWEBサイトには10万人の利用者がいる」という文は、どちらもWEBサイトの人気を話題にしたものです。しかし、2つの文を比べると、最初の文よりも後の文のほうが厳密で正確な内容をもつと感じるでしょう。

その理由は、最初の文は人気があるという印象を述べただけであるのに対して、後の文は利用者が「いる」のか「いない」のか、いるとすれば「何人」なのかということを述べているからです。

つまり、後の文は利用者の「存在」を問題にして、さらに利用者の「人数」に着目しています。このような考え方は、ものごとを厳密に理解するときの基本であり、
1, \ \frac{1}{2}, \ \frac{1}{3}, \ \frac{1}{4}, \ \cdots
のような数列の極限を厳密に考えるときにも使われています。

ここでは、いきなり数列の極限を考えるのではなく、新大阪駅を出発した新幹線のぞみ号が、時間が経つにつれて目的地の東京駅に近づくという状況を厳密に考えることから始めてみましょう。

話を簡単にするため、東京駅に到着したのぞみ号は、折り返し運転したり車庫に入ることなく、ずっと東京駅に停車して動くことはないものとします。

例えば、のぞみ号は9時53分に東京駅に到着するとします。到着時刻の9時53分が近づくにつれて、のぞみ号は東京駅に限りなく近づきます。いま、東京駅から20キロメートル以内の範囲を設定すると、のぞみ号がこの範囲内に入ってくる時刻が必ずあるはずで、それは9時32分だったとしましょう。

同様に、東京駅から10キロメートル以内の範囲を設定すると、のぞみ号がこの範囲に入ってくる時刻が必ずあるはずで、それは9時43分だったとしましょう。

さらに、のぞみ号は限りなく東京駅に近づいてきますので、もっと東京駅に近い範囲を考えて、東京駅から2キロメートル以内の範囲を設定してみます。やはり、この場合ものぞみ号が2キロメートル圏内に入ってくる時刻が必ずあり、それは9時50分だったとしましょう。

ここで述べたことは、次のように一般化することができます。

東京駅から \varepsilon キロメートル以内の範囲を設定すると、のぞみ号がこの範囲内に入ってくる時刻 T(\varepsilon) がある。

ここで、 \varepsilon はギリシア文字で「イプシロン」とよばれます。また、のぞみ号が東京駅から \varepsilon キロメートル以内の範囲に入ってくる時刻は、 \varepsilon に依存して決まるので \varepsilon の関数であり、 T(\varepsilon) と表します。実際、
\ \ \ T(20) = 9:32, \ \ \ T(10) = 9:43, \ \ \ T(2) = 9:50
のように考えればよいでしょう。

また、のぞみ号は最終的には東京駅に到着するので、 \varepsilon はいくらでも小さく設定できます。つまり、 \varepsilon は任意に選べると考えられます。

T(\varepsilon) は関数なのでしょうか?関数とは f(x) = x^2 y = x+1 のような式で表されるものではないでしょうか?

関数とは、入力の値に対して何らかの規則によって出力の値がただ1つに定まるものをいいます。具体的な式で表されている必要はとくにありませんので、 T(\varepsilon) \varepsilon の関数です。

\varepsilon で表される距離が小さくなるにつれて、 T(\varepsilon) で表される時刻は後にずれていくのですね。

そうですね。時間が経つにつれて新幹線が東京駅に近づくということを考えると、この場合はそうなるでしょう。

T(\varepsilon) の値が定まらないことはあるのでしょうか?例えば、のぞみ号が故障して品川駅で動かなくなったときはどうなるのでしょうか?

東京駅と品川駅の間の距離は6.8キロメートルですから、例えば、 \varepsilon = 3 とすると、 T(\varepsilon) の値は定められません。結果的に、この場合は関数 T(\varepsilon) が存在しないことになります。のぞみ号が限りなく東京駅に近づくことはできません。

\varepsilon を任意に選んでよいのならば、例えば、 \varepsilon = 1000 に選んでもよいのでしょうか?

\varepsilon = 1000 と選べますが、本質的な意味がありません。実際、東京駅から新大阪駅までの距離は515キロメートルです。のぞみ号が東京駅に限りなく近づくことを考えるのだから、 \varepsilon の値をいくらでも小さく選ぶことに意味があるのです。したがって、 \varepsilon の値が十分小さいという制限をつけても問題ありません。

 

次に、のぞみ号が東京駅から \varepsilon キロメートル以内の範囲に入っているということを式で表してみます。

数直線上の2点 a b の間の距離が絶対値記号を用いて | \ a \ - \ b \ | で表されるのと同じ気分で考えて、

  | \ \text{のぞみ号} \ - \ \text{東京駅} \ |

がのぞみ号と東京駅の間の距離を表すと考えましょう。このとき、のぞみ号が東京駅から \varepsilon キロメートル以内の範囲に入っていることは

\ \ \ \ | \ \text{のぞみ号} \ - \ \text{東京駅} \ | \ < \ \varepsilon

のように表されるでしょう。 < が不等号であることに注意すると、これはのぞみ号と東京駅の間の距離が \varepsilon よりも小さいことを意味しています。

のぞみ号は、時刻 T(\varepsilon) に東京駅から \varepsilon キロメートル以内の範囲内に入ってきます。したがって、時刻 T(\varepsilon) 以後の時刻であっても、のぞみ号はこの範囲内に入っていると考えられます。

よって、 t が時刻を表しているとすると、 t \geq T(\varepsilon) をみたすすべての t に対して、
\ \ \ \ | \ \text{のぞみ号} \ - \ \text{東京駅} \ | \ < \ \varepsilon
が成り立つでしょう。ここで、 \geq は等号 = もしくは不等号 > のどちらかが成り立つことを表す記号です。つまり、 a \geq b a b 以上であることを意味します。したがって、 t \geq T(\varepsilon) t T(\varepsilon) 以後の時刻であることを意味します。

以上より、ここまでの話は次のようにまとめられます。

東京駅から任意の \varepsilon キロメートル以内の範囲を設定すると、ある時刻 T(\varepsilon) が存在し、 t \geq T(\varepsilon) をみたすすべての時刻 t に対して | \ \text{のぞみ号} \ - \ \text{東京駅} \ | \ < \ \varepsilon が成り立つ。

上のような文が日常会話で使われることはありません。しかし、時間が経つにつれて新幹線が東京駅に限りなく近づくということを厳密に表現するとこのような文になるのです。

ここで、注目すべき点は、 T \varepsilon の関数であることです。関数 T(\varepsilon) の存在がのぞみ号が東京駅に限りなく近づくことを保証するのです。

また、のぞみ号が東京駅に近づく速さは、 T(\varepsilon) がどのような関数であるのかによって表されます。例えば、東京駅付近で事故が発生し、のぞみ号が徐行運転して60分くらいの遅れが生じたと仮定します。この場合、 T(\varepsilon)
\ \ \ T(20) = 10:03, \ \ \ T(10) = 10:25, \ \ \ T(2) = 10:50
のような値をとる関数になるかもしれません。通常運転時の場合の T(20) = 9:32, \ \, T(10) = 9:43, \ \, T(2) = 9:50 と比べると、事故が発生したために、のぞみ号の速さが遅くなったことがわかります。

これまでの話の中に、のぞみ号の東京駅への到着時刻が全く出てこないことがちょっと気になります。

確かにそうですね。到着時刻を考えた話もできるのですが、それは関数の連続性につながる話になります。このサイトでは、数列の極限を説明した後に、関数の極限と関数の連続性を説明します。ここでは、数列の極限を定義するときに役立つように、少し無理をして到着時刻を考えない話にしました。

数列の極限

新幹線の話が理解できれば、数列の極限の定義を理解することは十分に可能です。
1, \ \frac{1}{2}, \ \frac{1}{3}, \ \frac{1}{4}, \ \cdots
のような「数」の列を数列といいます。一般的には、数列は
a_1, \ a_2, \ a_3, \ \cdots, \ a_n, \ \cdots もしくは \{ a_n \} のように表されます。ここで、 a_n は第 n 項とよばれ、第 n 番目の数を意味します。例えば、最初に取り上げた数列の場合は、
a_n = \frac{1}{n}
です。この数列は、番号 n をどんどん大きくしていくと、 a_n の値がどんどん小さくなり、 0 に限りなく近づくでしょう。

したがって、「番号 n を限りなく大きくするにつれて、 a_n の値がある一定の値 \alpha に限りなく近づくとき、数列 \{ a_n \} は収束するといい、 \alpha を極限値という」と考えれば、上の例で述べた数列は収束し、その極限値は 0 ということになります。高校では、この考えを数列の極限の定義としています。

しかし、この数列の極限の定義は「このWEBサイトは人気がある」という文と同じように、単なる印象を述べただけのものです。ここでは、「このWEBサイトには利用者が存在する。その人数は10万人である」という文と同じ表現をもつ厳密な定義を与えます。

次の2つの文を比べてみましょう。

「時間が経つにつれてのぞみ号は限りなく東京駅に近づく」

「番号が大きくなるにつれて数列は限りなく極限値に近づく」

これより、

のぞみ号 \longrightarrow 数列,      東京駅 \longrightarrow 極限値,      時間が経つ \longrightarrow 番号が大きくなる

という対応を考えて、新幹線の場合の

東京駅から任意の \varepsilon キロメートル以内の範囲を設定すると、ある時刻 T(\varepsilon) が存在し、 t \geq T(\varepsilon) をみたすすべての時刻 t に対して | \ \text{のぞみ号} \ - \ \text{東京駅} \ | \ < \ \varepsilon が成り立つ。

を思い出せば、数列の極限を次のように定義すればよいことがわかるでしょう。

任意の正の数 \varepsilon に対して、ある番号 N(\varepsilon) が存在し、 n \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n に対して | \ a_n \ - \ \alpha \ | \ < \ \varepsilon が成り立つとき、数列 \{ a_n \} \alpha に収束するといい、 \displaystyle\lim_{n \to \infty}a_n = \alpha と表す。また、 \alpha \{ a_n \} の極限値という。

この定義の最大のポイントは、番号 N \varepsilon の関数であることです。関数 N(\varepsilon) の存在が数列の収束を保証するのです。

私の本では「任意の正の数 \varepsilon に対して、ある番号 N が存在し、 \cdots 」のように数列の極限の定義が書いてあります。 N(\varepsilon) とは書いていませんが。。。。

その著者は N \varepsilon に対して決まることを頭の中で完璧に理解しているからでしょう。 \varepsilon に対して N が存在するということは、 N \varepsilon に依存して決まるということを意味しています。

なるほど、 N \varepsilon に依存して決まるので、 N \varepsilon の関数になっているのですね。

そうなんです。慣れてしまえば、 N(\varepsilon) と書いていなくても、頭の中でそのように読めるようになります。ただ、初めてこの議論を学ぶ人は、 N \varepsilon の関数であるというキーポイントを見落とすことが多いので、慣れないうちはきちんと N(\varepsilon) と書くことをお勧めします。

やさしい例

a_n = \displaystyle\frac{1}{n} で与えられる数列
1, \ \frac{1}{2}, \ \frac{1}{3}, \ \frac{1}{4}, \ \cdots
0 に収束することを厳密に示してみましょう。そのためには、任意の正の数 \varepsilon に対して、ある番号 N(\varepsilon) が存在して、 n \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n に対して
| \ \frac{1}{n} \ - \ 0 \ | \ < \ \varepsilon が成り立つことを示せばよいのです。上の式は
\frac{1}{n} \ < \ \varepsilon \ \ \ \ \ \ \therefore \ \ \ n > \frac{1}{\varepsilon}
のようになります。この式を見ると、例えば、 \varepsilon = 0.01 のときは、 1 \div 0.01 = 100 ですから、 n \geq 101 であれば
| \ \frac{1}{n} \ - \ 0 \ | \ =  \frac{1}{n}  \ \leq \ \frac{1}{101}  \ < \ 0.01
が成り立ちます。よって、 \varepsilon = 0.01 のときは、 N(0.01) = 101 と定めれば、 n \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n に対して
| \ \frac{1}{n} \ - \ 0 \ | \ < \ \varepsilon が成り立つことがわかります。ここで、 101 100 を超える自然数のうちで最小のものであることに注意します。同様に、 \varepsilon = 0.003 のときは、 1 \div 0.003 = 333.3333 \cdots ですから、 n \geq 334 であれば
| \ \frac{1}{n} \ - \ 0 \ | \ = \ \frac{1}{n}  \ \leq \ \frac{1}{334}  \ < \ 0.003
が成り立ちます。よって、 \varepsilon = 0.003 のときは、 N = N(0.003) = 334 と定めれば、 n \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n に対して
| \ \frac{1}{n} \ - \ 0 \ | \ < \ \varepsilon が成り立つことがわかります。ここで、 334 333.3333 \cdots を超える自然数のうちで最小のものであることに注意します。

上の2つの場合を参考にして、一般の \varepsilon に対しては、 1 \div \varepsilon = \displaystyle\frac{1}{\varepsilon} を超える最小の自然数を N(\varepsilon) と定めます。このとき、 N(\varepsilon) > \displaystyle\frac{1}{\varepsilon} より \displaystyle\frac{1}{N(\varepsilon)} < \varepsilon なので、 n \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n に対して
| \ \frac{1}{n} \ - \ 0 \ | \ = \ \frac{1}{n} \ \leq \ \frac{1}{N(\varepsilon)}  \ < \ \varepsilon
が成り立ちます。よって、数列 \{ a_n \} 0 に収束することが示せました。

N(\varepsilon) \displaystyle\frac{1}{\varepsilon} を超える最小の自然数であると定めましたが、それは本当に可能でしょうか?そのような自然数が存在しないことはあるのでしょうか?

\varepsilon = 0.01 \varepsilon = 0.003 の場合を考えてみると、直感的には可能なような気がします。実は、そのような自然数が存在することは、次の2つの主張を認めなければ保証できません。

「任意の正の実数 x に対して、 x を超える自然数が存在する」

「自然数からなる空でない集合には、最小値(最小の元)が存在する」

上の主張は疑いようのない気がします。ここでは、これ以上深入りすることはやめておきます。

 

同様に、 b_n = \displaystyle\frac{1}{n^2} で与えられる数列
1, \ \frac{1}{4}, \ \frac{1}{9}, \ \frac{1}{16}, \ \cdots
0 に収束することも厳密に示せます。つまり、任意の正の数 \varepsilon に対して、ある番号 N(\varepsilon) が存在して、 n \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n に対して
| \ \frac{1}{n^2} \ - \ 0 \ | \ < \ \varepsilon
が成り立ちます。実際、上の式が
\frac{1}{n^2} \ < \ \varepsilon \ \ \ \ \ \therefore \ \ \ n > \frac{1}{\sqrt{\varepsilon}}
のようになることに注意して、先ほどの話を思い出しましょう。任意の正の数 \varepsilon に対して、 N(\varepsilon) \displaystyle\frac{1}{\sqrt{\varepsilon}} を超える最小の自然数であると定めれば、 {\large (}N(\varepsilon){\large )}^2 > \displaystyle\frac{1}{\varepsilon} なので、 n \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n に対して | \ \frac{1}{n^2} \ - \ 0 \ | \ = \ \frac{1}{n^2} \ \leq \ \frac{1}{{\large (}N(\varepsilon){\large )}^2} \ < \ \varepsilon
が成り立ちます。よって、数列 \{ b_n \} 0 に収束することが示せました。

上の2つの例を見ると、 \varepsilon の値を小さくすると N(\varepsilon) の値は大きくなるように思えます。

そうなんですよ。新幹線の話のときも同じようなことがありましたが、 \varepsilon の値を小さくすると N(\varepsilon) の値は大きくなるのが普通です。

 

最後に、2つの数列 \{ a_n \} \{ b_n \} 0 に近づく速さを比べてみましょう。そのために、2つの関数
N = N_1(\varepsilon), \ \ \ N_1(\varepsilon) \ \text{は} \ \frac{1}{\varepsilon} \ \text{を超える最小の自然数}
N = N_2(\varepsilon), \ \ \ N_2(\varepsilon) \ \text{は} \ \frac{1}{\sqrt{\varepsilon}} \ \text{を超える最小の自然数}
を比べてみます。例えば、 \varepsilon = 0.01 としてみましょう。このとき、 N_1(0.01) = 101 なので、 n \geq 101 であれば | a_n | < 0.01 となります。つまり、 a_n 0 から 0.01 だけ離れた範囲内に入るためには、番号 n 101 番目以上にとらなければなりません。

一方、 N_2(0.01) = 11 なので、 n \geq 11 であれば | b_n | < 0.01 となります。したがって、 b_n 0 から 0.01 だけ離れた範囲内に入るためには、番号 n 11 番目以上にとれば十分です。

これは 、 \varepsilon = 0.01 という特別な場合を考えただけですが、 \{ a_n \} よりも \{ b_n \} のほうが速く 0 に近づくことがわかると思います。

9時頃に新大阪駅を出発するこだま号が14時頃に東京駅に到着するのに対して、同じ9時頃に新大阪駅を出発するのぞみ号が11時半頃に東京駅に到着するのと同じですね。

その通りです。極限値の近くの範囲内に収まる数列の番号が小さくなるということは、速い新幹線の乗車時間が短くなるのと同じで、数列が速く収束することを意味します。

一般には、 0 < \varepsilon < 1 のとき、 \sqrt{\varepsilon} > \varepsilon より
\frac{1}{\sqrt{\varepsilon}} < \frac{1}{\varepsilon}
ですから、 \{ a_n \} よりも \{ b_n \} のほうが速く 0 に近づくことがわかります。

\varepsilon を任意の正の数でなく、 0 < \varepsilon < 1 の範囲に限って考えてよいのでしょうか?

新幹線の話のときにも同じような質問がありましたね。 0 に限りなく近づくことを考えていますので、 \varepsilon をいくらでも小さくとることに意味があるのです。 \varepsilon < 1 という制限をつけることには全く問題がありません。

 

練習問題1  c_n = \displaystyle\frac{1}{\sqrt{n}} で与えられる数列 \{ c_n \} 0 に収束することを示しなさい。また、3つの数列 \{ a_n \} , \{ b_n \} , \{ c_n \} 0 に収束する速さを比較しなさい。

 

数列の極限と同じように、関数の極限も理解することができます。Step2に進みましょう。

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