数列の極限の定義文の否定形を考えてみましょう。数列の極限の定義は
でした。これは、 \alpha が数列 \{ a_n \} の極限値であることを意味しています。また、この定義文は親と子からなる2つのブロックで構成されています。実際、
(親) 任意の正の数 \varepsilon に対して、ある番号 N(\varepsilon) が存在し、次の条件 (P) が成り立つ。
(子) 条件 (P) : n \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n に対して | \ a_n \ - \ \alpha \ | < \varepsilon が成り立つ。
のように文を書き直すことができます。このことは、英語で考えるとはっきりわかるでしょう。実際、
For any \varepsilon > 0, there exists a number N(\varepsilon) \in {\bf N} such that for all n \geq N(\varepsilon), we have \ | \ a_n \ - \ \alpha \ | < \varepsilon
は2つのブロックからなる英文で、親は「 For any \varepsilon > 0, there exists a number N(\varepsilon) \in {\bf N} 」で、子は「 for all n \geq N(\varepsilon), we have \ | \ a_n \ - \ \alpha \ | < \varepsilon 」です。
この親と子の2つのブロックからなる主張の否定形をつくってみましょう。まず、最初に親の否定形を考えると、
(親) ある正の数 \varepsilon が存在して、任意の番号 N に対して、次の条件 (P) が成り立たない。
(子) 条件 (P) : n \geq N をみたすすべての n に対して | \ a_n \ - \ \alpha \ | < \varepsilon が成り立つ。
となります。ここで、番号 N の \varepsilon に対する依存性が失われていることに注意します。次に、子の否定形 (P’) をつくり、親の「条件 (P) が成り立たない」を「条件 (P’) が成り立つ」に変更します。
(親) ある正の数 \varepsilon が存在して、任意の番号 N に対して、次の条件 (P’) が成り立つ。
(子) 条件 (P’) : ある n(N) \geq N が存在して、 | \ a_n \ - \ \alpha \ | \geq \varepsilon が成り立つ。
ここで、子の番号 n は親の番号 N に依存して決まるという関係が生じて、 n が N の関数になることに注意します。最後に、親と子を1つにまとめて、数列の極限の定義文の否定形ができあがります。
これは、 \alpha が数列 \{ a_n \} の極限ではないことを意味しています。この文の意味を理解するために、 a_n = (-1)^n で与えられる数列
-1, \ 1, -1, \ 1, -1, \ \cdots,
の極限について考えてみましょう。
まず、 \alpha = -1 がこの数列の極限値ではないことを示します。 \varepsilon = 1 とします。このとき、任意の番号 N に対して、番号 n を n(N) = 2N によって定めると、 n(N) = 2N \geq N です( \geq は > または = のどちらか一方が成り立つことを意味します)。このとき、
\begin{array}{l} | \ a_n \ - \ \alpha \ | = | \ a_{2N} \ - \ (-1) \ | \\[2ex] \ \ \ \ = | \ (-1)^{2N} \ + \ 1 \ | \\[2ex] \ \ \ \ = 1 + 1 = 2 > 1 \end{array}
すなわち、 | \ a_{n(N)} \ - \ \alpha \ | > \varepsilon となります。よって、ある正の数 \varepsilon = 1 が存在して、任意の番号 N に対して、番号 n(N) \geq N が存在して、 | \ a_{n(N)} \ - \ \alpha \ | > \varepsilon が成り立ちます。したがって、 \alpha = -1 は極限値ではありません。同様に、 \alpha = 1 が極限値でないことも示せます。
練習問題 | \alpha | > 1 のとき、 \alpha が極限値ではないことを示しなさい。
-1, \ 1, -1, \ 1, -1, \ \cdots,
の極限値でないことを示しましょう。 \varepsilon = \displaystyle\frac{1 \ - \ | \alpha |}{2} > 0 とします。任意の番号 N に対して、番号 n を n(N) = N によって定めると、 n(N) = N \geq N です。このとき、 \begin{array}{l} | \ a_n \ - \ \alpha \ | = | \ (-1)^n \ - \ \alpha \ | \\[2ex] \ \ \ \ \ \ \ \ \geq 1 \ - \ |\alpha| > \displaystyle\frac{1 \ - \ |\alpha|}{2} \end{array}となります。ここで、上の最初の不等式については、一般に | \, x \ - \ y \, | \geq |x| \ - \ |y| が成り立つことからわかります。実際、三角不等式より | x | = | \, x \ - \ y \ + \ y \, | \leq | \, x \ - \ y \, | + | y |ですから、 | x | \leq | \, x \ -\ y \, | + | y |、すなわち、 | x | \ - \ | y | \leq | \, x \ - \ y \, | となります。よって、 | \ a_{n(N)} \ - \ \alpha \ | > \varepsilonとなることがわかりました。したがって、 | \alpha | < 1 のとき、ある正の数 \varepsilon = \displaystyle\frac{1 \ - \ | \alpha |}{2} が存在して、任意の番号 N に対して、番号 n(N) \geq N が存在して、 | \ a_{n(N)} \ - \ \alpha \ | > \varepsilon が成り立ちます。すなわち、 \alpha は極限値ではありません。
以上より、 a_n = (-1)^n で与えられる数列 \{ a_n \} は極限値をもたないことがわかりました。つまり、数列 \{ a_n \} は収束しないのです。

この例を見ると、数列が収束しないことを示すときには、すべての \alpha に対して、数列の極限値が \alpha にならないことを示さなければならないように思えます。なぜこんなに面倒になるのでしょうか?

いいところに気が付きましたね。よく考えてみると、「任意の正の数 \varepsilon に対して、ある番号 N(\varepsilon) が存在し、 n \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n に対して | \ a_n \ - \ \alpha \ | < \varepsilon が成り立つ」は、数列 \{ a_n \} が \alpha に収束するという定義であり、 \alpha が数列 \{ a_n \} の極限値であることを意味しています。数列 \{ a_n \} が収束するという定義ではありません。

では、数列が収束することをどうやって定義するのでしょうか?

数列 \{ a_n \} が \alpha に収束するという定義文の最初に「ある \alpha が存在して」という句をつければよいのです。

そうすると「ある \alpha が存在して、任意の正の数 \varepsilon に対して、ある番号 N(\varepsilon) が存在し、 n \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n に対して | \ a_n \ - \ \alpha \ | < \varepsilon が成り立つ」になりますが、長くなってわかりにくいですね。しかし、なぜ「ある \alpha が存在して」という句をつければ、数列が収束するという定義になるのでしょうか?

「数列が \alpha に収束することを定義せよ」という問題が与えられたときは、 \alpha の存在を前提にしていると考えられるので、 \alpha の存在を明示する必要はありません。一方、「数列が収束することを定義せよ」という問題が与えられたときは、 \alpha の存在を前提にしていないので、 \alpha の存在を明示しなければなりません。

なるほど。数列が収束しないことを示すときには、「ある \alpha が存在して」の否定をとり、「任意の \alpha に対して」ということを考えなければならない理由がわかりました。

大半の本では「任意の正の数 \varepsilon に対して、ある番号 N(\varepsilon) が存在し、 n \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n に対して | \ a_n \ - \ \alpha \ | < \varepsilon が成り立つ」を数列の極限の定義としています。これは、数列 \{ a_n \} が \alpha に収束するという定義であり、 \alpha が数列 \{ a_n \} の極限値であることを意味しています。したがって、極限値の値が予想できるのであれば、この定義を用いて数列が予想された値に収束することが示せるというわけです。

それでは、数列の極限値が予想できない場合には、数列が収束することは示せないのでしょうか?また、数列が収束しない場合は、 (-1)^n のときのように、すべての \alpha に対する議論が必要になるのでしょうか?

実は、極限値の値が予想できないときに、数列が収束するのかどうかを調べる方法があります。それは次の条件「任意の正の数 \varepsilon に対して、ある番号 N(\varepsilon) が存在し、 n, \, m \geq N(\varepsilon) をみたすすべての n, \, m に対して | a_n \, - \, a_m | < \varepsilon が成り立つ」をチェックすることです。この条件には極限値 \alpha が登場しませんので、極限値が予想できない場合でも使えるのです。これはコーシー条件とよばれています。 (-1)^n については、この条件をみたさないことがすぐにわかるので、収束しません。

なるほど、そうなんですか。しかし、一般にコーシー条件をみたす数列が収束することはどうやって証明するのでしょうか?

それはやや難しいので、ここでは説明する時間がありません。興味があれば(レベルの高い)微分積分学の本を調べてみてください。